ひとりひとりの学生を解きほぐし「well-being実現」を目指す大学へ

青山貴子学長が目指す学生たちひとりひとりのwell-beingの向上。そこに込められた思いはどういったものなのでしょうか。学生の現状を分析し、SEL(Social and Emotional Learning)の概念を取り入れて設計された新規授業「ウェルビーイング」では、具体的に何を目指し、どのような取り組みが行われているのかを聞きました。

漠然とした不安を抱える学生たち

―現在の学生の特徴を教えてください。

 現在の学生は、一言で言えば優しくて素直な学生が多いです。また、周囲と共感する力がとても高いと感じています。一方で、自分に自信を持てなかったり、漠然とした不安を抱えていたりする学生も多い印象です。

 その原因は、彼ら自身というより社会的構造によるものが大きいと思います。例えばSNSの普及により自分にとって心地よいものに囲まれるよう環境をカスタマイズすることが以前に比べて容易になっています。自分の関心のあるものに囲まれて暮らし、それ以外のキーワードは自然と触れる機会が少なくなっていく。「エコーチェンバー現象」と呼ばれるこうした状況は、個人が世界の中でそれぞれのシェルターに囲まれてポツンポツンと点在しているようなイメージです。

 こうした状況は人間関係にも反映されており、小中学校時代から心地よい関係性を築けるように、器用に振る舞う子が増えているように思います。自身の居心地のよさを追求するという視点からすればマイナスなことではありませんが、一方でそれが「世界の全て」になってしまう弊害もあるように感じます。変化の激しい外部環境と半径5メートル以内での居心地の良い環境との間にギャップが生まれて、どう自分と社会を接続させればよいか理解しにくくなっているのではないでしょうか。

 そのため、いざ「社会に出よう」「仕事に就こう」という時に、どう足を踏み出してよいかわからなくなってしまう。個々人にはたくさんの良さがあるにもかかわらず、それを社会で「生きる力」へと活かしきれていない歯痒さを感じるのです。

―学生たちが抱える自信のなさは、社会構造的な課題から生じているのでしょうか。

 他者と穏やかに分断されてしまっている現状は、彼らが望んだことではありません。実際に、大学業界全体で中退や学生相談の数の増加という問題が生じていますが、パーソナルとソーシャルのリンクの難しさが、学生たちの心の軋轢を引き起こす背景になっていると思います。

人間的な関わり合いで「過去のこじれ」をほぐす

―学生たちにまず必要とされることはどんなことだとお考えでしょうか。

 大学への入学は、学生にとって世界が一気に広がるタイミングでもあります。本学ではキーワードとして「出会い」を掲げ、多様な出会いをできるだけ増やしていくことで、それぞれのシェルターの中で暮らしていた学生たちの世界を広げていきたいと考えています。具体的には、人と人の出会いを創出するキャンパス作りをコンセプトに、オープンスペースを設けたり、留学生と日本人学生との交流の機会を増やしたりしています。

 もう一つ、大事にしていることは学生たちのwell-beingを高めることです。必ずしも意気揚々と入学してくる学生ばかりではなく、「この大学でしたいことが見つかるかわからない」と不安を感じている学生も少なくありません。そうした学生に何を提供して、どういう4年間を過ごしてもらうのがいいのだろうと考えた時、ある種の「過去のこじれをほぐす」ところから始めないといけないのではないかと思うようになったんです。

―「こじれをほぐす」ことの重要性はどう辿りついたのでしょうか。

 私が10年以上前に本学に就任した当初は、「どうやって必要な知識やスキルをわかりやすく伝えられるだろう」と考えていました。勉強への苦手意識を持っている学生に対し、「どう彼らのやる気スイッチを入れたらいいのか」と考えていたのです。
 しかし、学生たちと接していく中で、彼らはすでに十分素晴らしい資質を持っていることに気が付かされました。たとえ勉強が苦手であった場合でも、彼らの能力自体が低いわけではない。むしろ、個性的で魅力的な学生が多く、たまたまこれまで持っている力を十分に表出する環境が整っていなかったり意欲を持つ機会がなかったりしただけなのです。学生たちが小さな成功体験積むことでどんどん成長を加速させていく姿を見て、大学で学ぶことが彼らの魅力を引き出すチャンスなのだと思うようになりました。

 大学でまずすべきことは、彼らが内に秘めている力を早く解放してあげること。自らの良さに自分自身が気付いて、できることであればそれを言葉にして、人に伝えることができるようになってほしい。そんな思いを抱くようになり、本学での教育の方向性が定まっていきました。
 自らのwell-beingの追求を通じて学生たちが自分の良さに気付き、苦手な部分や弱さなども受け入れた上で、「等身大の自信」を持って社会に出ていくこと。その後押しをしていくことが本学としての役割なのではないかと考えています。

―すでに持っているよさを解放するような働きかけに重点を置くこととしたのですね。

 本学の学生たちは、教員も驚くほどのタフさを備えていたり、繊細で細やかな配慮ができたり、柔軟な発想を持っていたりします。これらは、ビジネスの視点でいえば、「一緒に働きたい」と思わせる様々な魅力です。個々のよさを自認して、それが職場で認められていけば、絶対に自分自身も周囲も幸せにしていかれる。そんな思いから、学生自身のよさを解放するような働きかけにシフトさせていったのです。

 まずは「自分は成長できる価値ある存在なんだ」という前提に立ち、「学びたい」「成長したい」と思えるようなマインドでいることが重要だと考えています。そして、ここでいう成長への意欲は関係性の中から生じる現象だと考えています。
 例えば、同じアドバイスでも尊敬する先生や先輩のいうことならば聞くけれど、他の人の言葉は耳に入らないといったこともあるでしょう。教育においては信頼関係を築けるかどうかが非常に重要です。逆に、この関係さえ築けてしまえば、「これを読んでごらん」、「この人と話してごらん」といった具体的なアドバイスがスッと入っていくようになります。

自分と他者の尊重に目を向ける授業「ウェルビーイング」

―これから力を注いでいきたいと考えていることを教えてください。

 これまでの山梨学院大学の良さや特徴を踏襲しながらも、今後はより学生たちのwell-beingを高める取り組みに力を入れていきたいと考えています。本学の学校文化の一例としては「チャレンジスピリット」が挙げられます。前理事長が掲げていた「個性派私学の旗手」として、他の大学がやっていない取り組みに果敢に挑戦していく姿勢はこれからも持ち続けたいです。国際化やカレッジスポーツはその一例ですね。

 もう一つ、地域密着であることも本学の特徴の一つです。本学は地域社会と不即不離で互いに支え、支えられる存在として歴史を重ねてきました。2世代、3世代にわたって大学に関わってくださっている卒業生や教職員もいらっしゃり、世代を超えた繋がりも生まれています。地域社会との好循環は何にも代え難い大きな価値の一つです。
 地域おいて大学はよく「知の拠点」といわれますが、本学はその位置付けに加えて、「アクションの拠点」でもありたいと考えています。地域社会に新しい風を吹き込むアクションの拠点としての役割にも一層注力していきたいと考えています。

 これまでの山梨学院大学としての特徴を土台にしながら、学生たちのwell-beingを高める実践を重ねていくことが、これからの本学の目標です。

―具体的にどういった取り組みを行なっていますか。

 例えば、「ウェルビーイング」を掲げる授業の設置はその一例です。きっかけは私がSEL(Social and Emotional Learning)の考え方と出会ったこと。この考え方を知って、本学の学生に合うと確信しました。SELは、「自己へのフォーカス」として自分自身の感情?価値観に気づき、「他者へのフォーカス」として他者への理解?共感を膨らませ、そして、「社会システムへのフォーカス」として、目の前で起きている事象が社会システムと繋がっていることを理解します。

 本学の学生たちにおいてまず何よりも大事なことは、「自分を大事に思うこと」「自分を好きになること」です。これにより、肯定感を高めて、チャレンジに対して尻込みしたり居場所のなさで悩んだりすることのないように支えていきたいと考えました。

 自分のことを価値ある存在だと思えていなければ、怖くて「自分」に向き合うことはできません。自分に向き合うということは、ダメだと感じている自分を直視することでもありますから。怖くなると、「見ない」という選択をしがちです。例えば、最初から頑張らないことにすれば、頑張れない自分に向き合わなくて済む、というように。努力し続けられなかった場合のダメな自分は見たくない。高校までに小さな挫折体験が重なっている場合、よりこうした傾向が強まっていくのだと思います。こうした状態から抜け出すために大切なことは、先ほどもお伝えした「こじれ」をほぐすアプローチなのです。

―「ウェルビーイング」の授業内容を教えてください。

 現在は1年生から4年生まで全学生が履修できる共通教育科目となっています。「ウェルビーイングⅠ」では主に「自分?他者を知る」をテーマとし、「ウェルビーイングⅡ」では「他者と良い関係を築く」をテーマとしています。学生には理解がしやすいように「コミュ力が上がる授業だよ」と言っています。ただし、ここでの「コミュ力」とは分かり易いリーダーシップや「陽キャ」と言われるようなノリのよさではなく、自分らしくあること、伝えたいことを伝えられる力だと伝えています。

 高校までは、学校で言われた通りの振る舞いをすることが評価されていたのに、大学生になって急に「あなたらしさとは何?」「何がしたいの?」といった問いに突き当たり、戸惑っている学生は少なからずいます。そうした学生たちがまず自分の内面に目を向けるヒントとなるような授業を実施しています。

 また、他者との関係性でいえば、今の学生たちはすごく優しいので、相手に対して「それは違うんじゃない?」「やめた方がいいよ」といった違和感を抱いたとしてもグッと飲み込んでしまう傾向が強いです。相手にとって必ずしも喜ばしいことでなかったとしても、きちんとそれを伝えられるようになっていかなければ、他者との関係性をうまく築いていくことはできませんし、自分自身も苦しくなってしまいます。自分も相手も大事にするコミュニケーションのあり方、すなわち「アサーション(assertion)」の考え方や手法を身につけてほしいと考えて、授業を設計しています。

―授業の中で具体的にどのような実践をなさっているか教えてください。

 「ウェルビーイングⅠ」では15回の授業を3ユニットに分けています。最初はコミュニケーションスキルの基礎的な理解、続いて自分らしさ?他人らしさを尊重する方法、そして自分にとってのウェルビーイングを言葉にするというステップです。

 授業では毎回グループワークに取り組み、最後には自身の振り返りを記入します。例えば、初回の講義では「嘘つき自己紹介」をしました。自己紹介の中に一つだけ嘘を交えるんです。「何人きょうだいで、好きな食べ物は○○で、こんなことをしているときが楽しい、ストレス解消方法は○○です」と自分にとっての快?不快も交えながら紹介します。どんな本当とどんな嘘を混ぜ込もうかを考えることで普段とは違った角度で自己紹介でき、相手の嘘がどれかを当てようとするので相手の話を興味を持って聞くようになるという効果も出てきます。つまり、自分と他者の見えてない部分に目を向けるきっかけになるんです。
 また、「いい聞き方?悪い聞き方」という傾聴ゲームも実施しました。いろいろな聞かれ方を試して、「あなたが聞いてもらって心地いいと思った聞かれ方はどんなものだったか」という振り返りから、「相手が気持ちいい聞き方」を考えていくのです。

「ウェルビーイング」の授業を通じた学生の変化

―「ウェルビーイング」の授業を通じて、学生たちにどのような変化が起きていますか。

 自分の心の奥底まで丁寧に深掘りしていると感じます。例えば、授業では「言いたくない個人的な話は無理に話さなくていいよ」と伝えていますが、学生たちは「好きな人がいたんだけれど、今別れちゃってすごく寂しい」とか、「実は父親とあんまりうまくいっていなくて」といったことをこちらが想定しているよりも赤裸々に話します。

 現代社会ではプライベートを深掘りしてはいけないような風潮が強いですが、その分、本当は聞いてほしい、しんどい背景を語れない、といったことも起きているのかもしれません。学生同士でも「この子、いつも明るいのに辛い経験をしてきたんだな」と互いに深くつながり合って、孤独さが軽減したり知ってもらっている安心感が芽生えたりしてきているようです。ありのままの自分でいい。受け入れられている。そうした気持ちになってきているのでしょうね。

 自分の背景やマイナスの側面などを他者に語ることは、自分自身を直視することにもつながります。そして、誰かへ胸の内を話すことは相手と信頼関係を築くだけでなく、自分を信頼することにも効果があるのです。

―「ウェルビーイング」の授業での学生たちの変化は、授業以外の場でも表れていますか。

 「ウェルビーイング」の授業で自己開示ができるようになっても、他の授業ではまた元に戻ってしまうというようなことはよくあります。変化は一足飛びには起きないと感じます。そのため、授業での実践を日常生活へ接続させていくことも大事にしています。例えば、「授業ではできたからバイト先でもアサーティブなコミュニケーションを取ってみよう」と自分自身で目標を据えたり、「自分でもっとこうなったらいいな」と思う場面設定を一つ用意して、それを実現するためにはどんなステップが必要かを構造化し、最初の一歩を踏み出すまでを見届けるといった取り組みもしています。

―「ウェルビーイング」を受講した学生が引き続き自己変容の機会を得ていく方法として、どんなアプローチを考えていますか。

 2022年度から「ピアサポート実践」という科目も新設しました。この科目は「ウェルビーイング」を既に履修した学生が、今度は「ウェルビーイング」の授業にファシリテーター役として入り、グループワークの円滑なコミュニケーションをサポートする授業です。「ピアサポート実践」では、サポートする側として「ウェルビーイング」に関わり、より理解を深め、社会での実践へつなげていくことができると考えています。

「みなさんが幸せになるために大学がある」

―さいごに、山梨学院大学に関わる方々へメッセージをお願いします。

 学生の皆さんは、「なぜ学ぶのか」「なぜ大学に行くのか」ということを考えたことがあるかと思います。色々な説明もあるかと思いますが、一言で言えば「みなさんが幸せになるため」です。ひとりひとりの学生が幸せになる後押しをするのが大学という場所だと私は考えています。そのために、「目の前の学生を大事にする大学であり続ける」ということは伝えていきたいです。1,000人いれば1,000通り。山梨学院大学は個々のよさを大事に教育を行なっていきます。
 教職員一同、組織が大きく変わっていく中にあって、多大なエネルギーを注いでくれています。一緒に学生を中心に据えた人づくりを行なっていけることに心から感謝します。

 

■関連サイト
桐蔭横浜大学学長 森朋子先生×山梨学院大学学長 青山貴子対談

Part.1 学生の“伸びしろ”に目を向けるステューデントセンターの大学へ

Part.2?新たな時代における“私らしい”学長像とは?